タムラクリニック

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2023年7月2日

記憶

何年か前、目の前にゆったりと流れる川を眺めて休日を過ごしました。川の流れと潮の干満と風とが水面に千変万化の模様を織り成します。魚が跳ねると小さな波紋が生まれ、それは滑らかに消え入ります。白い鳥が視界に現われて一直線に上流に向かって飛び去ります。雲は流れてその形象は刻々と変わり、日が西に傾いて川面が輝きます…
この体験はふとした瞬間、時間軸が折り畳まれた一塊の記憶として蘇ることがあります。記憶を展開してみると、ビデオのように時間が流れ始め、ズームして山を望み、広い視野で情景を見渡すこともできます。
しかし、この記憶は本当にこの通り体験した事実なのでしょうか。

脳科学の見知からみると、記憶とは脳のニューロン群が構築する多次元ネットワークの中の相互作用から生まれる特性であり、それは「一連の行為を“追体験”させてくれるが、起こったことを寸分たがわず思い出していると感じるのは、たいていの場合、幻想でしかない」(『脳は空より広いか』ジェラルド・M・エーデルマン)と考えられています。
エピソード記憶、すなわち、あの時、あの場所で、あんな出来事があった、と追体験する記憶は、思い出す時の連想や心身の状態に影響を受けて再構成されます。つまり記憶は想起するたびに改変される属性を備えていると言えます。

気分がひどく落ち込んでいる時、忌まわしい記憶が過去から押し寄せてきて苦悩することがあります。過去の辛酸を反芻し、現在を悲観し、思い描く未来は暗澹たるものになります。未来を想像することすらできず、出口の見えない暗闇に置き去りにされたような、脈打つ不安を感じるかも知れません。
しかし、こう考えてみるのはどうでしょう。悪い記憶は悪い気分によって呼び覚まされ、そのエピソード記憶は想起するたびに悪い気分の影響を受けて、より忌まわしい記憶に書き換えられているのではないか。
その証拠に、今、ここで、何かそれが些細なことであっても愉快を見出している時には、忌まわしい記憶は過去に遠ざかって小さくなり、ふと思い出したとしてもそこまで悪い記憶には感じられないはずです。
過去の回想は、現在の自分から見た歴史観であり、たとえそれが後悔の連続の過去であっても、現在を変えることができれば、歴史観も未来感も変わって行くに違いありません。

変えられない現実に苦しんでいる時には、周囲にある自然を無心に観察してみてはどうでしょう。五感を解き放って公園や遊歩道や神社の杜を散歩してみると何か発見できるかも知れません。
おや、今しがた、雨が降り出したようです。

雨を感じる人もいれば、
ただ濡れるだけの人たちもいる ボブ・マーリー

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