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2023年12月25日

俳句の心的効用(後編)

「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい」。こう書き出される夏目漱石の『草枕』には、作者自身の自己治療としての芸術体験、すなわち、俳句、漢詩、絵画などの創作や鑑賞を通して得られる心的効用が主人公の画家に託されて語られています。
試しに、身の回りに発見した季語を中心に据えて思い浮かぶ言葉を五七五の型で抜いて見てください。「今、ここ」の心境、回想、出来事、未来図、喜怒哀楽…… 心が穏やかな時は、その心情を季語と取り合わせると何の変哲もない日常が、本当はたいへん有難いものだと気づかされます。たとえネガティヴな考えが頭のなかに渦巻いていても、ドロドロとした感情が俳句の根底にあったとしても、脳裏に去来するたくさんの言葉を抜き出す五七五の型はとても小さいものなので、その思考や感情が短い言葉に型抜きされて季語の隣に配置されると、頭のなかで堂々巡りしていたものが違って見えるはずです。五七五の言葉はちょっといい感じに光彩を帯びているでしょう。

「まあ一寸(ちょっと)腹が立つと仮定する。腹がたった所をすぐ十七字にする。十七字にするときは自分の腹立ちが既に他人に変じて居る。腹を立ったり、俳句をつくったり、そう一人が同時に働けるものではない。一寸涙をこぼす。此涙を十七字にする。するや否やうれしくなる。涙を十七字に纏(まと)めた時には、苦しみの涙は自分から遊離して、おれは泣く事の出来る男だと云う嬉しさ丈(だけ)の自分になる」(『草枕』)

脳科学の知見を借りると、私たちの脳は思考やイメージを書いたり描いたりして表現(出力)し、その表現を読むなり見るなりして認知(入力)してはじめて、情報のループが完成する仕組みになっているようです。
頭の中に浮かんでいた未完のイメージと五七五に型抜きされた句との間には必ず「ずれ」が生じます。脳は自己が表現しようとしたものと表現されたものの間の「ずれ」を通して大きな学習をする、と説明されると漱石の記述になるほどと合点が行きます。

何かを表現するということは、実は、自分自身とのコミュニケーションでもある。運動出力をする「私」と、感覚入力を受ける「私」は、異なる「私」なのである。(茂木健一郎『脳と創造性』)

何かにとらわれて解決の糸口を見出せないとき、頭のなかにあるものを書き出して見るのが良いかも知れません。あるいは、ちょっと散歩がてら俳句の心的効用を試して見てはいかがでしょう。

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